「ぞうさん」と「おかあさん」
昭和36年4月にNHKテレビの「うたのおねえさん」になって、気がつけば半世紀が過ぎています。沢山の「母と子」の歌をうたってきました。古くからある歌、時代と共に変化する母と子の関わりを反映した、新しい「母と子」の歌も。しかし、変わらずに歌い継がれる歌となると、それ程多くはありません。
その中で「ぞうさん」(まど みちお 作詞 團 伊玖磨 作曲)と「おかあさん」(田中 ナナ 作詞 中田 喜直 作曲)は秀逸です。どちらも知らない人はいない歌なのですが、歌う機会もないまま、あやふやな記憶になっている人もあるかもしれません。でも、覚えているものです。つぶやいてみると、しばらく忘れていた何か大切なものに出会えたようで、改めて胸が熱くなります。
「ぞうさん」では、象の子が、象として生まれてきたことを誇らしく思い、心から喜んでいます。だって、大好きなおかあさんと同じだから!と言い切っています。しっかりおかあさんを見た子象の目の確かさに、安心感をおぼえます。まどさんの詩には、<そのものが、そのものとして生かされていることは、喜びであり美しい>というものが沢山ありますが、この歌もそのひとつです。
「おかあさん」は、母と子が至近距離にいてこそ交わされる対話です。洗濯石鹸の匂い、お料理でついた匂い、忘れることなぞ決してない「きずな」を感じる歌です。
1980年代以降盛んになった、赤ちゃんに関する研究によって、乳児期の赤ちゃんのさまざまな「能力」が明らかにされると、その能力を有効にするために、おかあさんには「こうあってほしい」という課題が生まれてきました。赤ちゃんは、母親に抱かれてその息づかいを感じ、ほほえみや、まなざしにつつまれて、それに反応することが出来るという、おかあさんにとっても「幸せ」とだけでは言いきれない時、母と子の絆を築くこの大切な時期は、そう長くはないということなのです。
赤ちゃんのために人生の最高のコミュニケーションが、次世代を担う人たちへ「人としての矜持」をバトンタッチする「力」となるならば、赤ちゃんの育てられ方には、皆が関心を寄せ見守らなくてはなりません。
産後3ヶ月目で職場復帰したい、などと考えなくてすむ世の中が、まず必要だと思います。
これも、まどさんの詩で「おなかの大きい小母さん」というのがあります。その大意は、おなかの大きい小母さんが、散歩に出かけます。胸をはってゆったり歩いていると、雲も垣根の花も道の草花までが、『元気な赤ちゃん待ってますよ』と祝い、励ましてくれます。見上げると、欅の葉っぱまでが、何千何万のひとりのこらずが、小さな小さな手をふりにふって、エールを送ってくれているらしいのです。思わず小母さんの涙がこぼれます。
というものですが、見守る目がこの詩のように、あたたかいものであることを心より願うものです。「母と子」が、自信をもって、しっかり生きることができるために、私もエールを送りつづけます。
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